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札幌高等裁判所 昭和29年(う)336号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審の未決勾留日数中参拾日を原判決の本刑に算入する。

当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

弁護人野切賢一及び被告人の控訴趣意は、各提出の控訴趣意書記載のとおりである。

弁護人の控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反)について、

按ずるに、いかなる形式の陳述を以て刑事訴訟法第二百九十一条の二にいわゆる「有罪である旨の陳述」と見るべきかは、具体的場合に応じて判断さるべき問題であるが、単に「有罪である」とか「別に意見はない」という程度では不十分であるが、しかし必ずしも犯罪事実を一々具体的に供述する必要はなく、例えば「公訴事実は間違いないので別に陳述することはない」とかいう程度であれば、これを以て「有罪である旨の陳述」となすに十分である。いま本件につきこれを見るに、原審第一回公判調書(手続)によれば、検察官の起訴状の朗読があつた後、被告人は「公訴事実はその通り相違ありませんので、別に陳述することはありません、若し本件で有罪の裁判を得ても致し方ありません」と陳述しているのであつて、右陳述はこれを以て「有罪である旨の陳述」となすに十分である。所論は被告人の「若し本件で有罪の裁判を得ても致し方ありません」との陳述は、有罪でない旨の陳述をも含むものであるというのであるが、その陳述の全体を見るならば無罪を主張する趣旨でないことが明らかであるから、右所論には賛成できない。しからば、原審が所定の手続を経て簡易公判手続によつて審判をする旨の決定をしたのは正当である。

尤も前記公判調書の記載によれば、右決定をなすにあたり、検察官被告人及び弁護人の意見を聴いたか否かについては、所論のごとくその記載を欠いているが、右の手続を経たことは刑事訴訟規則第四十四条所定の公判調書の必要的記載事項ではないから、公判調書にその記載がないからといつて、ただちにそれが履践されなかつたものと看るべきではなく、右はその決定をなすにあたり通常履践さるべき訴訟手続であり、また右公判調書の記載に徴するも、右訴訟手続に関し訴訟関係人から格別異議が述べられた形跡がないことを合せ考えると、叙上の手続は適式になされたものと推定するのが相当であり、この点においても原審の訴訟手続にはなんら法令の違反するところはない。論旨は理由がない。

同第二点(理由不備)について

原判決の挙示する長谷川甲、太田昭二郎の司法警察員に対する各供述調書及び酒井一郎の検察官に対する供述調書を綜合すると、被告人は原判示の日に原判示の場所(酒井一郎方店舗)において酒井一郎に対し留辺蘂農業組合の職員と詐称し右組合の代理人の如く装つて原判示の衣類の買受方を申込み、酒井一郎はその旨誤信して売渡を承諾し、酒井一郎の店員長谷川甲は即日四個に荷造りした現品を旭川駅において発送の手続をしたこと、右発送にあたつて四個の内三個は手荷物、内一個は客車便の小荷物とし、而して両者共発送人は酒井一郎、宛人は前記組合とし、留辺蘂駅留としたこと、その荷物切符甲片は酒井或はその店員から被告人に交付されたことがみとめられる。前掲太田昭二郎の供述調書によりまた国有鉄道の旅客及荷物運送規則及び同取扱細則を参考すると、右の荷物切符は荷物引換証ではないが、着駅においてその切符の持参人にこれと引換に当該の荷物を引渡すことになつている事実が認められる。故に、被告人はその受取証を酒井一郎或はその店員から交付されることによつて、当該物件に対する事実上の支配を獲得したものと言うことができ、従つて、このときに被告人は酒井から騙取をとげたものと言わねばならない。前記の各供述調書には被告人が甲片の交付を受けた日時場所に関する明確な記載はないが、彼比対照すると、荷物発送のときから、翌朝被告人が酒井の店員長谷川甲と共に留辺蘂駅に到着したまでの間に被告人は酒井又はその店員から甲片の交付を受けた事実は判明する。それ故原判決の「即時同所においてスプリング外二十数点の衣類を交付させてもつてこれを騙取した」と言う判示と交付の日時場所において多少のずれはあるが、判示犯罪の成否、その同一性をさまたげるものではないからこれを以つて理由不備の違法がありとする論旨は当らない。而して、原審で取調べた被告人の検察官に対する第二回供述調書によると、被告人は酒井一郎方で酒井の店員から四個の荷物に対する甲片の交付を受けたことが明白である。また長谷川甲及び酒井一郎の前記各供述調書によると、酒井の店員長谷川甲が被告人と同道して留辺蘂町に赴いているがこれは被告人と酒井との合意により代金は後払として留辺蘂農業組合の事務所で支払するこことになつたのでその受領のため、また被告人が右組合で更に買受の申込をするが如き虚言を構えた結果その申込を受ける希望をいだいて留辺蘂に赴いたのであつて留辺蘂駅で長谷川が荷物を受取り組合事務所で引渡をする約定と言うのではないことが明白であるから、酒井一郎方で交付を受けて騙取したとする原判決の事実の認定には誤りはなく、論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意(量刑不当)について

本件記録及び原裁判所で取調べた証拠により認められる、被告人は原判決のとおり詐欺の前科が三犯あること及び本件犯行の動機態様被害の程度その他諸般の事情を綜合すると、所論を考慮に容れても、原判決が被告人を懲役弐年の実刑に処したのはその量刑が不当に重いとは認められない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、刑法第二十一条を適用して当審における未決勾留日数中三十日を原判決の本刑に算入し、刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い当審における訴訟費用は被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊谷直之助 判事 臼井直道 笠井寅雄)

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